2006年10月10日

それでもやっぱり犬が好き。

私の顔には一生消えない傷跡がある。


小学生のころ、友達の家へ遊びに行った。
その友達が「親戚の家へ犬を見に行こう!」というので2人で見に行った。
親戚の家には誰も居なくて、犬は車庫に繋がれていた。
確か白い犬。鼻がピンク色になっていて私たちを見ると唸り、物凄い勢いで吠えていた。
我が家には既にモモがいて犬が好きだったし、子供だったから恐怖心というものがなくて私はその犬に近づき、しゃがみこみ「おすわり!」とか言った。
その瞬間、その犬は私の顔にめがけて突進し上唇に食らいついた。
まさか、繋がれている鎖が私たちの方まで届くとも思っていなかった。
私はパニックになった。どうにかして犬を自分から引き離そうと必死だった。
しかし、その犬は私の上唇に噛み付いたまま離れない。
ショックで痛みもない。ただその犬から逃げたかった。
だから私は無理やり自分の上唇からその犬を引き離した。

犬から解放された私はたくさん血が出ている口を手で押さえ友達と一緒に友達の家へ走った。
友達の家へ辿り着くと友達のお母さんに「犬に噛まれた!」と告げた。
友達のお母さんに噛まれた部分を見せるように促がされ、私は恐る恐る口を押さえていた手をどかした。
それを見た友達のお母さんは真っ青になり、タオルを持ってきて「これで噛まれた部分を強く押さえておきなさい。」と言い、すぐに近所の整形外科と働きに出ている私の母へ電話をした。
友達のお母さんが電話をしている間、私は自分の唇がどうなってしまったのか気になって気になって仕方がなかった。
友達の家の玄関には大きな鏡があり、私は何度もタオルを取って傷を見ようとしたが怖くて怖くてタオルをどかせなかった。
電話が終わり病院へ行く時、友達のお母さんに「私の口、どうなってるの?怖いけど見たい。」と言った。
友達のお母さんは「見ないほうがいい。」とハッキリ言った。
だから私は見なかった。

病院へ着くと口の部分に穴が開いてるシートを顔に被せられ、すぐに縫い合わせる手術が始まった。
私はまだショック状態だったから縫われている時も痛みは全然感じなかった。
子供だから「このまま死んじゃうのかな?」とか「私の顔は変になっちゃうのかな?」とか思っていた。
やがて職場から母が駆けつけて手術に立ち会った。
「ミカちゃん、大丈夫?頑張ってね。」と母が声を掛けてくれたのでシートを被せられていた私は顔を見ることは出来なかったが声を聞いただけで少し安心した。
やがて長い長い手術が終わった。

結局、30〜40針ほど縫った。
なんでこんなに縫ったかというと、1つは「女の子だから少しでも傷がキレイに。目立たないように。」と先生が細かく縫ってくれたから。
もう1つは私が無理やり犬を引き離してしまったせいかどうか定かではないが唇が裂けてしまっていたため、厚みのある唇を縫い合わせるには裏側からも縫わなくてはならなかったから。
縫われている間も本当に痛みは全く無く、母が先生に「普通だったら痛くて暴れ回るけど、この子は痛がることもなくじっとしていた。すごく立派だった。」と言われたそうだ。
でも、今思うと部分麻酔とかってしないのかな??
実際、麻酔されていたから痛くなかったのかも!?
麻酔されたかどうかは覚えていないのである。
とにかく痛かったのは抜糸の時だけ。

その日から抜糸の日まで私の傷口はガーゼで覆い隠された。
精神的なショックとこんな顔を学校の友達に見られたくなかった私は随分と学校を休んだ気がする。
今でこそマトモになったと思うが、抜糸した当時の唇はよじれてひん曲がっていた。
まあ、今でも鏡で見た自分の唇はあまり気にならないように見えるが鏡に映っている自分の顔は人が見ている顔とは反転して見えているから本当はひん曲がっているのかも。

先生は「成長が止まる20歳以降にもう一度整形外科で整形手術をすれば完璧には治らないが縫った跡もキレイになるしマトモになる。」と言っていた。
でも私は手術をする勇気がない。
注射も大嫌いだし、痛い思いをするのは嫌だ。
それにお金もかかる。
親は「したければ費用を出す。」と言ってくれているが、これ以上迷惑もかけたくない。
それに私自身はそこまでこの顔を気にしてはいない。
ただ大人になった今、母にはとても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
上2人が男の子で女の子を欲しがっていた母は待望の女の子を産んだ。
母は一人娘の私をとても可愛がり大事に育ててくれた。
なのに私の顔には生まれて僅か7〜8年で一生消えない傷跡がついてしまった。
母はきっと私以上にショックを受けただろう。
母の気持ちを考えると今でも胸が苦しくなる。

私自身「この顔を気にしてはいない」と言ってもやっぱり人に傷のことを聞かれるのは億劫だ。
今まで何人の人に聞かれ、何回同じ説明をしただろうか?
しかも「犬に噛まれた傷だ」なんてカッコ悪いし、恥ずかしい。
聞いてくる相手は悪気があって聞いてくるのではないから、聞かれたら普通に答えるが心の中では「ウンザリしてる」というのが正直な想いだ。
この「ウンザリ」は聞いてきた相手に対してでは無く、一生お付き合いしていかなければならない傷に対してだろうけど。

犬に噛まれた当時、私は恐怖心からモモに触れることが出来ずにいた。
モモは私に噛み付いたことなんてないのに、それでもやっぱり怖くて私はモモに触れることが出来なかった。
どのくらいの間、触れられなかったのだろう?
毎日毎日、私はモモに触れようと努力していた。
私の愛犬だったから触れたくて、でも怖くて。
モモをいざ触ろうと手を伸ばす。
モモも私に起こった出来事や気持ちを察していたのか、ただジッと私が触れるのを待っていた。
でもモモの頭の近くまで手が届くとそれ以上先に手が動かない。
モモの頭まであと数センチ。
手が言うことを聞かない。
その状態で固まったまま数分。
最終的にはモモが痺れを切らして動くもんだから結局触れられず。
そんなことを繰り返しているうちに痺れを切らしたノブ兄が私が克服できるように協力してくれた。
まずはノブ兄がモモを触る。
ノブ兄「ほら、大丈夫でしょ?全然怖くないでしょ?ミカも触ってごらん。」
私は手を伸ばすがやっぱり寸前で手が止まる。
ミカ「怖い!やっぱり触れない!」
ノブ兄「なんで?お兄ちゃんも一緒に触ってあげるから触ってごらん。」
ノブ兄は私の手を掴みモモの頭へ持っていった。
ミカ「怖いよ〜。ヤダよ〜。」
ノブ兄「大丈夫だから!お兄ちゃんがついてるから!このまま一生モモに触れなくてもいいの?」
そしてノブ兄に手を掴まれたままゆっくりと私の手はモモに近づき私はモモに触れることが出来た。
あんなに怖がっていたのにいざ触ってみると全然怖くない。
その日以来、私は一人でもモモに触れられるようになった。

私が大好きだった犬を嫌いにならなかったのはモモのおかげだ。
普通だったらこんなことがあれば犬を嫌いになってしまうだろう。
犬によって傷ついた心を犬が癒してくれた。
だから私は犬を嫌いになれなかったのかもしれない。
本当にモモには感謝している。
だってモモが居なければ私は犬嫌いになってパシャとも出逢えなかったから。
もしパシャと出逢えたとしても我が家に迎え入れることは無かっただろう。

モモが亡くなってから私はモモに対する罪悪感や後悔から二度と犬を飼わないと決めた。
でも、犬が大好きな私だから犬を見れば欲しがってしまう。
だから「犬が好き」という気持ちさえも封印した。
それからは犬に触れることもほぼ無くなった。
そして今、パシャを我が家に迎えてから封印していた気持ちを解いた。
そしたら封印する前よりももっともっと犬が大好きになりました(≧▽≦)

パシャを我が家に迎えて数日後のこと。
最初は怖がっていた私が鼻がくっつく位の距離でパシャを見つめていると父が「お前、そんなに顔を近づけて怖くないのかよ?」と言ってきた。
私が「うん。何故か怖いと思わないんだよね!それにパシャってカワイイ顔してるし。今だったら襲われても勝てる気がする(笑)」と言うと「あんな事があったのにお前って本当に犬が好きなんだな〜。」って。
確かに周りからしてみたら犬に顔を噛まれた私がそんな行動を取っていると不思議に思うんだろうな。
しかも相手はドーベルマンだし。
それに家族になってから日も浅いので家族全員がパシャが本当はどういう性格なのかも分かってない時だったし。
もしかしたら最初は猫被ってて実は凶暴な犬かもしれないじゃん!?
父は私がかなりのチャレンジャーだと思ったに違いない(笑)



今、こうして私の傷跡について書いている時に思ったこと。
当たり前の事なんだけど友達とか先輩とか従業員の人とか今付き合っている人たちの中で「私の本当の顔(傷が無かった頃の顔)を見たことがある人はごく僅かなんだな〜。」って思った。
こうやって顔の傷について深く考えたことって今まで無かったから今頃になって思い知らされることもある。

まあ、最終的に私が言いたいのは私は犬バカ人間だということ(笑)
ただ、私を噛んだ犬の鼻がピンク色だったので鼻がピンク色になっている犬はちょっと苦手だけど(>_<)
なんだか今回はあまりまとまりのない文章になってしまった(^_^;)


pasha108.jpg

ちょっと昔の写真。
カラーは13日に外すことになりました☆

ニックネーム ミカ at 18:03| パシャ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする