2006年05月19日

日々思うこと。

昨日は雨だったのでパシャは自宅でお留守番。
会社にいるとイタズラするし、なんでも噛んでボロボロにしちゃうし
「遊んでくれ〜!」とうるさいしで仕事にならない時もあるけど
やっぱり居ないと物足りないっていうか、寂しいっていうか…。
落ち着いて仕事もできるし、休憩もゆっくりできるんだけどね。



パシャを我が家に迎え入れてから早4ヶ月。
以前飼っていた犬には申し訳ないが、とても大事に育てている。
それは「パシャを幸せにしてあげたい」という気持ちと「以前飼っていた犬の分まで(以前飼っていた犬に対しての反省と後悔、供養のため)」と「自分への戒め」という思いがあるからだ。

でも、いつも思う。
「モモ、これでいいのかな?私を許してくれていますか?あなたを大事にできなかったのにパシャを大事にしている私を憎んでいますか?天国ではパシャと同じくらい幸せにしていますか?」と。


モモと出逢ったのは私が幼稚園か小学校に通っているころ。
その頃から犬は好きだったが「欲しい」と思うことはなかった。
だが、ある日近所の子供が仔犬を自転車のカゴに乗せて「誰か飼ってくれませんか〜?」とやってきた。
その仔犬を一目見た瞬間、今まで「欲しい」という気持ちになったことは無かったのに何故か「欲しい」という衝動に駆られた。
私にとっては運命の出逢いだったけど、後のモモにとっては不運な出逢いだったのかもしれない。
「どうせ面倒見れないんだから辞めなさい」と言った母に「ちゃんと面倒見るから〜。」と泣いて泣いて1日中泣いて泣き落とした。
なのに、私はモモを大事にできなかった。
最初のうちは嬉しくて嬉しくて面倒を見ていたが、小学校高学年になると友達と遊ぶことに必死になってしまってロクに散歩も連れていかなくなった。
悩み事や辛いこと、自分の都合のいい時だけモモに語りかけ話を聞いてもらっていた。
そのうちに歳のせいもあってモモは白内障になり衰えていった。
日に日に食欲も無くなり、散歩に行く体力も無くなり
私が高校3年になる前の「2月4日」永遠の眠りについた。
モモの最期は悲しかった。
いつもと違う苦しそうな鳴き声を出していたので心配になり様子を見に行くと体の力が抜けたように横たわっていた。
それでも私に気付くと最後の力を振り絞るように起き上がった。
「もう長くはない」と感じた私は父と母に報告し、結婚して家を出た兄2人にも電話をした。兄たちはすぐに来てくれた。
しかし、モモが苦しい鳴き声を上げながら這いつくばるように車の下へ潜ろうとしていたのを見た母が「きっと逝くところを見られたくないんだよ。みんなが見ているとモモは逝きたくても逝けない。早く楽にさせてあげよう。」と行ったので私たちは引き上げることにした。
兄たちが帰り、父と母も家に入った後、私はモモと最期のお別れをした。
頭を撫で「さようなら。」と言った後、苦しそうに鳴いているモモを見ていると今までのことが走馬灯のように思い出された。
幸せな思い出もあったが、私の今までのモモに対する酷い仕打ちばかりが頭をよぎって胸が痛くなった。
泣きながら「今までごめんなさい。大事にしてあげられなくてごめんね。」と語りかけるとモモは「く〜ん、く〜ん。」と涙を流しながら鳴いていた。
私は涙が溢れ、「最期くらいは一緒に居てあげたい。看取ってあげたい。」と思ってしばらくそこにいたが、モモは苦しそうに鳴き声を上げながら更に車の下へと潜っていき遂には全身がすっぽりと車の下へ潜った。
その姿を見て「これ以上は苦しませたくない。私が見ているせいで楽になれず頑張ってしまう。」と思った私は後ろ髪を引かれる思いで家に入った。
それでも心配で仕方がない私は事あるごとにコッソリと窓から様子を伺っていたが車の下へ入ってしまったモモの姿は見えなかった。
そしてテスト期間中で徹夜漬けだった私はいつしか眠ってしまっていた。
朝、目が覚めてすぐさまモモの様子を見に行った。
もう亡くなっていた。
せめて車の下から出してあげようと思い、体を引っ張ってみたが重たい。ビクともしないのだ。
何度か挑戦してみたが動かない。そうこうしているうちに登校時間になってしまったので諦めて母に託した。
私が学校へ行ってる間、母は市役所へ電話しモモが亡くなったことを伝えた。
市役所の人から「ダンボール箱などに遺体を入れ、持ってきて下さい。」と言われた母は兄に電話し手伝ってもらったそうだがモモを車の下から引っ張り出すのに苦労したらしい。
やっとの思いで2人がかりで引っ張り出した後、モモをダンボールに入れ持ち上げるとすごく軽かったそうで今でもあの時のことを不思議に思っている。
たしかに食欲も無く痩せ衰えていったモモは本来なら軽いはずだ。
「どうしてあの時重たかったのか?」は今でも謎である。

モモ、あなたには色々なことを教えられました。
今まで、そしてこれからも「ありがとう。」
出来ることならもう一度あなたを飼って今度こそ幸せにしてあげたいです。
モモの分までパシャを幸せにするね。


そして、もう一つ日々思うこと。

「パシャ、お前は今幸せかい?この家に来て幸せかい?元飼い主の家に居た時よりも幸せかい?」

私たちがパシャを大事にしているつもりでも、パシャはどう思っているのか?
聞けるものなら聞いてみたいです。
私たちがパシャを大事にしてるからといって、「パシャは幸せに決まってる。」と決め付けるのも人間のエゴのような気がして…。
自信が無いわけではないんですよ。言葉が通じないからこそ分かったように
決め付けるのは嫌なんです。
ただパシャの気持ちを尊重してあげたいだけ。
「幸せだよ。」と思ってくれていればいいなぁ。


momo.jpg

名前→百々(モモ) 名づけ親→母 性別→女の子
誕生日→不明 犬種→ミックス 享年→推定11歳〜13歳

百々、ありがとう。

ニックネーム ミカ at 11:24| パシャ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする